適当毎日の、ほぼ自分用日記のような…
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ばいばい
2006年09月30日 (土) | 編集 |
猫のガブリエルさんが今日他界した。

一昨日まではよろよろながらも外に出たりしてたけど、飲み食いはできなかったし、目もよく見えてなかった。
昨日になるともう歩けなくなった。
今朝起きた時は鳴いてたけど、7時くらいにはもうかすかにお腹が上下してるだけになった。
ずっとなでてたけど、今日は仕事がある。大事な猫だが、それを理由に休むのも気が引ける。
が、今日は両親も昼から抜けられない用事があるというので、とりあえず私は会社に行き、30分だけ仕事して残りの仕事を鞄に詰めて、同僚に平謝りしてトンボ帰って来た。
丁度私が帰ってきたころに、まだ家にいた両親にも見守られて息を引き取ったガブちゃん、一人寂しく死ぬようなことにならなくてよかった。

まだ子猫だったころ、私の部屋に障子を破いて入ってきて、そのせいで私の部屋はガラス戸に変わったこととか、拾ったのは畑の中だったこととか、最初は怖がってカーテンの後ろに隠れてたこととか、耳の後ろに謎の袋が出来てお医者さんにとってもらったこととか、顔は小さくて可愛いのにすごいダミ声で、お医者さんの待合室で「ガブリエルさん」と呼ばれるたび「んがぁ」と鳴いたのが恥ずかしかったとか、なんだかいろいろ思い出せて泣けた。
飼っている猫が死ぬのは今までも見てきて、悲しいし寂しいことだとその都度思う。一番長く飼った猫が死んだ時はいつまでも泣けて困った。気持ちが落ち着きかけても、身体が泣き続けてしまうのだ。
それでも、猫を飼うことは(自分が世話できないほど衰えるまでは)やめない。むしろ、大好きな彼や彼女たちをきちんと送ってやりたい。
生き物と暮らすということは、こういうことなのだ。それがペットであれ、家族であれ。
今日の悲しい思いは日々の生活の中でいずれ薄れていく。
でもガブちゃんと過ごした昨日までの何年もの楽しい想い出は心に残り続ける。

ガブちゃんは、ドン・ガバチョというだいぶ前に他界したオス猫にとてもかわいがられていた。なので夕方両親帰ってきたところで、三人でドン・ガバチョのお墓の横に埋めてあげた。
一緒に埋めたのはイワシと、ガブちゃんが大好きだったトウモロコシ。それからよく飲みながらこぼしてしまった牛乳と、最後はスポイトでしか飲めなかったお水と。

いろいろとお疲れ様でした。うちの猫でいてくれてありがとう、ガブちゃん。楽しかったよ。
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